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熊本地方裁判所八代支部 昭和37年(モ)184号 判決 1964年5月13日

債権者 興国人絹パルプ労働組合八代支部

債務者 興国人絹パルプ株式会社

主文

債権者と債務者間の当庁昭和三七年(ヨ)第四二号仮処分事件について、当裁判所が同年八月二〇日になした決定はこれを取消す。

債権者の本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

債権者訴訟代理人は、「主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。訴訟費用は、債務者の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として

一、債務者は、紙パルプ等の製造販売を目的とする株式会社にして、八代市横手町に八代工場(工場長田川知昭)を有している。債権者は債務者の右八代工場の従業員をもつて構成する労働組合である。

二、債権者は、昭和三二年夏債務者より別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を昭和三一年九月二一日締結の労働協約第二〇条に基いて期限の定めなく賃借した。右第二〇条は、「会社(債務者、以下同じ)は必要と認める範囲において事務室その他の施設を有償貸与する。会社は会社の定めた価格で消耗品を譲渡する。」旨規定され本件建物の貸借は、有償貸与であることは当然であつたが当時債権者と債務者間の労使関係は円満であつたので、賃料額その他電気料、水道料、電話料については後日協定することであり、債権者は本件建物の引渡をうけ組合事務所として占有使用してきた。そしてその後も債務者より電話料以外の請求はなく、賃料の協定を見ないまま現在に至つている。

ところが後記のごとく昭和三七年三月より最低賃金制労働協約改正並びに操業協定をめぐつて債権者と債務者は争議に入り、これが苛烈となるや債務者は組合の分裂を策し、そのため同年六月一二日債権者より多数の脱退者が出て、これらの者により興国人絹パルプ八代労働組合(以下新組合という)が結成された。そして債務者は新組合の保護育成を図り、本件建物を新組合に使用させるべく同年七月五日債権者に本件建物の立退を要求してきた。右立退要求が賃料不払を原因とする賃貸借契約解除の意思表示であるなら、相当の期間を定めて賃料の催告をなし、右催告に応じた履行がないときに有効となるところ、債務者は一度も賃料支払の催告をしていないので無効であり、又解約の申入れであるとしても、新組合に貸与することを目的とするものであるから、借家法第一条の二にいう正当の事由がなく、いずれにしても債務者の立退請求は無効と断ずべきである。

三、仮りに本件建物の貸借が使用貸借であるとしても、本件建物は債権者の組合事務所に使用する目的であつたが、現在も債権者の組合事務が終了していない以上、本件建物の返還時期は到来せず、債務者の前記立退請求は失当である。

四、次に、債務者の本件建物明渡請求は、債権者の組合組織、組合活動を破壊することのみを目的としたものであり、権利の濫用として到底許すことができない不法なものである。すなわち

(一)  債権者は、昭和三七年三月二日債務者に対し、1賃金一律金六、〇〇〇円のベース・アツプ、2年間一時金として組合員一人当り基準賃金六ケ月分の支給、3最低賃金一万〇、〇〇〇円、4労働協約並びに操業協定等の改定など諸要求を提出して団交の申入れをなし、数回にわたる団交の結果、債務者は同月二七日1賃金回答として一律分を含む金一、二二〇円、2年間一時金については無回答、3最低賃金は認めない、4労働協約改定に対しては現行どおり、5操業協定については会社が一方的に連操できる旨の諸回答をなした。これに先立ち同月二〇日債権者は右要求につきスト権を確立したが誠意のない回答に接したので、同月二八日から同年五月一二日まで部分スト、二四時間ストを断続的に決行して、債務者の反省を促したのである。しかし債務者は一歩も譲らず、かえつて昭和三六年七月一四日付「合理化諸計画についての事前協議制」の協定を否認し右協定期限経過の昭和三七年四月二一日以降も二九操業(一ケ月のうち二九日操業し、一日休転とする操業方法)を続けることができると主張して、一方的に同年五月の休転日を同月二日と指定してきた。これに対して組合は、協定もないのに二九操業を強行するのは前記事前協議協定に違反するから、右五月の休転日は二六操業を前提として従来の慣行に基き五月五日、六日、一八日、一九日、二〇日であると主張した。しかるに、債務者は一方的に五月二日を休転日とし、債権者の主張した五月五日、六日を業務命令をもつて出勤を命じてきた。債権者は無効な業務命令であるとしてこれを拒否し、組合指令により五月五日、六日は休日をとらせた。ところが、債務者はその後の団交において債権者の右休日指定は違法争議であるといいがかりをつけ、債務者の操業に関する考え方を認めること、五月五日、六日の責任を認めストライキを直ちに解くことを要求し、これに応じなければ賃金諸要求について回答しないと主張するに至つた。そこで、債権者は五月一六日、一七日に全面ストライキを敢行し、続いて一八日以降無期限ストライキに突入して債務者の反省を求め、引続き団交を重ねて問題の解決を図つたが、債務者は前記態度を固執し、五月二八日団交拒否を通告してきた。他面債務者は組合の分裂を図ることによつて争議を有利に解決しようと企て、かねてより債権者内に新組合結成を働きかけ、右策動によつて新組合結成の見透しがつくや、昭和三七年六月一一日債権者に対し八代工場の全面ロツク・アウトを宣言した。そしてこれに呼応するごとく同年六月一二日債権者より多数の脱退者が出て、これらの者により新組合が結成されたのである。

(二)  新組合結成後、債務者は、債権者に対し多種多様な不当労働行為を行つて、新組合の保護育成を図つた。すなわち(1)債務者は、予定の行動として六月一二日新組合にロツク・アウトを解除し、翌一三日朝五時から就労させたが、債権者も同日「六月一三日の始業時間より無期限ストを解除する」旨債務者に通告し、労務の提供をしたが、ロツク・アウト中であるとして就労を同月一六日まで妨害した。(2)争議終了後債務者は新組合員に対して、立上り資金として平均賃金の〇・五月分の貸付を認めたが、債権者の組合員には認めず不当な差別待遇をした。(3)六月一六日債務者は債権者にロツク・アウトを解く条件として配置転換を要求してきたが、債権者の組合員であることを理由に不当に配転されたものがいる。(4)債権者と債務者間の労働協約は、昭和三六年締結されたが、有効期間が一年であつたので、昭和三七年三月二一日から無協約状態となつたので、争議終了後労働協約の締結を申入れたところ、債務者は新組合とのみ労働協約を締結して、債権者にはこれを拒否した。(5)債務者は、新組合員に対して昭和三七年度の夏期一時金を七月一〇日に支払つたが債権者の組合員にはその支払を七月一六日まで引き延ばした。(6)その他債務者は、団体交渉のやり方についても不当な差別をしている。以上のように、債務者は、債権者の組合組織の破壊と組合活動の妨害を企図して、本件建物の明渡請求もその一環であるから、労働組合法第七条第三号の不当労働行為であり、したがつて権利の濫用として、右明渡請求は法律上許されないものである。

五、以上のとおり、債権者は本件建物につき賃借権ないし使用貸借権を有し、債務者の明渡請求は不法なものであるが、債務者は、昭和三七年七月五日債権者に対し、組合分裂により組合員数が減少したことを理由として、便宜供与している組合事務所である本件建物を同月二五日正午までに明渡すよう請求してきた。債権者は、これを拒否していたところ、同年八月一日不法にも「組合事務所の電燈線並びに構内外電話を切断する」旨通告して、本件建物に施設されていた一切の電燈、電話線を切断し、同月三日には全く無通告のまま本件建物の飲料水その他の給水を停止する暴挙にでてきたのである。債権者は、債務者の実力行使により組合事務所の使用に多大の支障を来し、組合活動は満足にできない状態となつた。組合員数が減少したといえ、組合活動の質量は以前と全く変つておらず、組合活動は就業時間外に行うことになつているため、日暮後の本件建物使用が多いが、電燈がなくなつたのでカーバイトランプを灯して活動を続けなければならない。又組合事務所には六人の専従職員が勤務しているが、水道を停止されたため、くみだめ水を飲んでおり便所の手洗水も入れ替えに不自由している。そして債務者が、組合事務所の代替として提供している新事務所は、本件建物と比較して面積、場所からして数等劣つているものである。

そこで、債権者は、債務者の不法な電燈、電話、水道の切断につき、当庁に対し、昭和三七年(ヨ)第四二号仮処分命令申請事件として電燈、電話、水道の供給を求める仮処分を申請したところ、昭和三七年八月二〇日「電燈、電話、水道の供給を停止してはならない。」旨の決定があつたが、右原決定は正当であるので、これが認可を求める。

と述べ、債務者代理人の答弁並びに主張に対して

六、債務者代理人の新組合成立による財産権帰属の主張は全部否認する。労働組合は、社団であるから、組合規約に特別の定めがあるか、又は組合決議をもつて特別の定めをしない限り、組合脱退者には、組合財産分割請求権はないのは当然である。組合財産に対して何ら権利のない脱退者が集つて新組合を結成しても、その新組合が組合財産に対して何らの権利を有するものでないことも又論をまたない。最高裁昭和三二年一一月一四日判決は、「権利能力なき社団の財産は、実質的には社団を構成する総社員の総有に属するものであるから、……現社員及び元社員は当然には右財産に関し、共有の持分権又は分割請求権を有するものでない。」と判示し、脱退の場合であると、分裂の場合であるとを問わず、元社員の分割請求権を否定しているのである。右判決より見ても、法人格を有する労働組合財産帰属が組合員の脱退ないし組合分裂によつて影響を受けないことは今日の法理であるというべきである。

と述べた。(疏明省略)

債務者訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁並びに主張として、

一、債権者主張事実の第一項は認める。

二、同第二項のうち債務者が債権者に対し、昭和三一年九月二一日締結の労働協約第二〇条に基いて本件建物をその組合事務所として期限の定めなく貸与したこと、右第二〇条は「債務者は必要と認める範囲において事務室その他の施設を有償貸与する。債務者は債務者の定めた価格で消耗品を譲渡する。」と規定されていること。債務者が昭和三七年七月五日債権者に対し本件建物の返還を請求したことは認めるが、その余は否認する。本件建物の右貸借は、賃貸借契約ではなく、使用貸借契約である。

債務者と債権者間の組合事務所の貸借関係を規定したのは昭和二二年四月労働協約において、「協議の上債務者は組合事務室その他の施設及び用度品を組合に貸与する。」と規定せられたのが最初である。右協約においては、特に有償無償の文言は使用されておらずそれ以来協議の上無償で組合事務所を貸与してきたのである。その後昭和二四年労働組合法の改正にともない、同年六月一日労働協約を締結するにあたり、従来の有償無償を規定しないことは不当労働行為の疑をもたれるおそれがあるところより、当事者間では従来通り無償貸与であることを了解して、ただ協約の規定としては、その第一六条に「債務者は必要と認める範囲において組合事務室その他施設を有償貸与する。」と定め、はじめて有償の文言を使用した。爾来毎年締結されてきた労働協約にそのまま引継がれてきたものであるが、その趣旨は労働組合法第二条但書、第七条第三号との関連において不当労働行為とみられることを避けるための規定であつて昭和二二年の労働協約以来組合事務所の貸与は無償であることに変りはない。

前記労働協約第二〇条後段において、「債務者の定めた価格で消耗品を譲渡する。」旨規定されているが右消耗品の譲渡は規定どおり有償で行われているのに拘らず、組合事務所の賃料のみは、かつて一度も徴収しなかつたのは、これを無償とする合意があつたからにほかならない。ただ電話料について市外通話料のみを徴収してきたが、右事実はかえつて組合事務所が無償貸与であることの証左でこそあれ、賃貸借関係であることを裏付けることではない。

債権者訴訟代理人は、本件建物の貸借関係が賃貸借であるとして民法第五四一条を根拠として契約解除の無効を主張し、又は借家法第一条の二を根拠として解約申入の無効を主張しているが、いずれもその前提事実を欠いでいるので全く理由がない。

三、右のとおり、本件建物の貸借関係は使用貸借契約であるが、以下述べる理由により右使用貸借契約は終了しており、債権者は本件建物を返還すべき義務を負つている。

(一)  昭和三七年春の賃上斗争において、債権者は上位団体の指示をうけて、その組合員の意向を考慮することなくこれに盲従し、いわゆるスケジユール斗争を行い、時限スト、全面スト、部分ストなどを繰返し、揚句の果は債務者の定めた休日を擅に変更するといつた無茶な争議手段に出た。そのため債権者の組合員の大部分はこのような斗争至上主義的行動に疑問をもち、規約に定める大会を開催するよう申立てたが、債権者はこれを黙殺するという非民主的運営を敢えてなしたのである。かくして同年六月一二日債権者幹部の斗争至上主義と組合の非民主的運営に反対する多数組合員が債権者を脱退して、新組合を結成した。しかも当時債権者は組合員数一、三〇八名であつたが、二五九名を除くほかは新組合に加入し、新組合員の総数は、八代工場の従業員の四分の三を占めるに至つたのである。そして新組合の結成は、一見するに個々の組合員の債権者よりの脱退とこれら脱退した組合員による新たな組合の結成という二段の手続であるかのように見受けられるかも知れないが、実質的には債権者の斗争至上主義と非民主的運営に反対する同志的結合体である組合員の集団が新組合を結成したことは明白であつて、それが労働法上いわゆる分裂であることはいうまでもない。労働組合が分裂して新組合が結成せられ、新組合が従業員の四分の三以上の構成員を獲得した場合は、いわゆる革命であり、旧労働組合の財産関係は新組合が承継すると解するのが相当である。労働組合は、その主たる経費を組合員の負担する組合費によつてまかなつており、万一に備え斗争資金を積み立てているが、それも個々の組合員から徴収した組合費の一部であるから、分裂により旧組合の数が四分の一以下に減少した場合多数の組合員によつて積み立てられた組合財産を単なる組合の形骸(抜け殼)にすぎない一部僅少な組合員の処分に委ねることは公平を失するものというべきである。そうすると、組合事務所たる本件建物の使用貸借上の権利も、新組合が四分の三以上を占めたことにより債権者より新組合に承継されたものと解すべきであり、債権者は前記分裂によつて本件建物の使用貸借権を喪失しているというべきである。

(二)  本件建物の使用貸借は、組合事務所として使用する目的で期間の定めがないことは認める。したがつて債権者訴訟代理人主張のごとく債権者が組合事務所としての使用をやめない限り、民法第五九七条第二項本文との関係において、債務者が返還請求ができないと解する余地があるかも知れない。しかし使用貸借に期間も定めなくしかも使用目的が長期間継続すべきものである場合、民法第五九七条第二項本文によつて貸主がいつまでも返還請求をなしえないと解することは、当事者間に著しい不公平を招来する結果となるから、当事者双方の事情を考慮して貸主に返還請求権を認める場合がなければならない。そして債務者が本件建物の返還を請求する事情は次のとおりである。

(1)  前記のごとく、債権者は組合分裂し、債権者と新組合の人数比は、二五九名と一〇四九名となり、新組合は忽ちのうち従業員の四分の三以上を占め、組合事務所である本件建物の使用貸借上の権利は新組合に移行したのであるから、債務者としても本件建物を新組合に使用せしむべき義務を負担し、これを履行しなければならない。もともと債務者は、債権者が組合員数千数百名を有していた当時に本件建物を組合事務所として貸与したのであり、その実坪数は五八坪二九もあるが、その当時においてこそ労働組合法第七条第三号但書後段の「最小限の広さの事務所の供与」といいえたのであるが、僅か二六〇名前後の組合員を有しているにすぎない現在の債権者に本件建物を組合事務所として無償貸与することは右法条に違反する経費の援助に該当し、債務者は速やかにかかる違法状態を除却しなければならないのである。

そこで債務者は、債権者の現在の組合員数に相応した広さである一二坪の組合事務所を建築し、水道、電気、電話一切の設備をなして、これを代替の組合事務所に貸与することを申出て、前記のとおり本件建物の使用貸借契約を解約し、右新組合事務所に移転すべきことを求め、返還請求をしたのである。債務者のかかる行為は、適法な返還請求として是認せらるべきである。債権者は、組合員数が激減しても事務量は変らず、現在においても本件建物は最小限の広さの組合事務所であると主張し、新組合事務所への移転を拒否している。しかしながら組合事務の多寡は、その人員数に比例することを通常とするであろうし、一般に会社として人員を異にする両組合が存在する場合、人員の多い組合に広い事務所を、少い組合に狭い事務所を供与するのが妥当であろう。したがって債務者が、債権者に本件建物を組合事務所に使用を許すことになれば、新組合に対しても権衡上それ以上の面積を有する組合事務所を供与しなければならないが、債務者の八代工場としては本件建物と同様の諸条件を具備する遊休建物は全くないし、又本件建物附近にそのような建物を設置するだけの敷地的余裕もない。新組合事務所が本件建物に比して若干の不便があるとしても社会生活上当然受忍すべきものでありこれによつて債権者の組合活動に著しい支障をきたすものではない。

(2)  前記のとおり、債権者の分裂によつて八代工場の四分の三以上の人数により新組合が成立したが、債務者は新組合より組合事務所の供与を申込まれ、その必要性を認めてこれを承諾した。債務者は前記のような理由により本件建物を新組合に貸与するほかないのであるが、その返還を受けるまでの暫定的措置として社宅地区にある社宅集合所を一時的に組合事務所として新組合に貸与した。元来社宅集合所は、社宅地区の小学生並びにその保護者を以て組織する「仲良しクラブ」と社宅地区の婦人団体である「婦人会」に貸与し、これら団体の教養娯楽、親睦関係の各種会合に使用されていたものである。債務者は債権者に新組合事務所を提供することにより本件建物の返還につき了解が得られるものと考え、前記団体に対して昭和三七年七月末までと約して社宅集合所を新組合に貸与した。ところが、予期に反して債権者から本件建物の返還が得られないので前記団体は長期に亘つてこれが使用ができず、債務者に対し再三違約を責めその返還を強く要求し、債務者としては全く困惑している。又債務者が新組合に仮組合事務所として貸与している前記社宅集合所は、正門から約八〇〇米の遠距離にあるため、従来従業員の出退勤はすべて正門を使用することになつていたのを新組合からの要求によりやむをえず、西門の通行を臨時措置として認めざるを得なくなつた。そのため出退勤の管理が正門と西門に別れ、その結果保安係を増員しても、その出勤管理に正確を期し難い現状にあり、殊に西門は本来下請関係作業員の通行と原材料製品の搬出入に使用していたところへ、新組合千名以上の入出場が加つたので入出場の管理監督が非常に困難となり、種々の支障を来している実情にある。

(三)  右に理由がないとしても、建物の使用貸借契約においては、借主がすでに相当期間その建物を使用したのちにおいては、民法第五九七条第二項但書にいわゆる「使用及び収益を為すに足るべき期間を経過したるとき」に該当し、貸主は一方的意思表示により契約を解除して明渡を請求できるものと解すべきところ、債権者は本件建物を昭和二二年以来組合事務所として長期に亘つて使用したものであるから、債務者の昭和三七年七月五日の返還請求により本件建物の使用貸借契約は、有効に解約されたものというべきである。

四、債権者は、債務者の本件建物の返還請求は、債権者を苦しめること、債権者と新組合とを差別し、債権者の組合活動組合組織を破壊することのみを目的としたもので権利の正当な行使ではなく到底許されないものであると主張する。しかし、債務者が本件建物の返還請求をなす諸事情は、既に述べたとおりであつて、これらの事情の存在は債務者の返還請求を理由あらしめるに十分であり、かつ債務者が債権者主張のごとき意図をもつていない何よりの証左である。したがつて、債権者主張の権利濫用論は全く理由がないことに帰するのであるが、以下債権者の主張に反論する。

(一)  新組合結成に至る経過に関する債権者の主張はすべて争う。債務者と債権者との間には、債権者主張のごとき昭和三六年七月一四日付「合理化諸計画についての事前協議制」という協定はないが、同月一七日付「合理化諸計画(新規開発事業を含む。)については労働条件の低下をきたさない内容をもつて予め労使間において誠意をもつて協議する。」旨の確認書(乙第一三号証)が存在する。右確認書に基き、昭和三七年一月二一日債務者は債権者および債務者の佐伯工場労組と月一日休転操業(いわゆる二九操業)に関する協定を締結した。右協定書第一〇項が「本協定は昭和三七年四月二〇日までとする。」と規定しているところから、債権者は右四月二一日以降は当然従前の二六操業(月四日休転操業)にかえるのだと主張し、会社の業務命令に抗し、一方的に休日を決定実施するという暴挙にでたのである。およそ、債務者が新規事業を起したり、合理化計画をたてることは経営権の重大な作用であり、これを債権者の事前の同意なくして行えないとすることは債権者に経営参加を認めることになり、債務者として承認できることではない。前記確認書は債権者に対し経営参加を認めたものではなく、会社が新規事業の開発を含む合理化諸計画をたてるに当り労働条件の低下を来さないで実施するため、予め協約に定めてある労働条件への影響の有無を協議しようとするもので事前に協議するのは計画そのものではなくその計画実施のための具体的労働条件についてのみである。債務者が各工場の操業を無休とするか或は二九、二八ないし二六操業をするかは、市況その他の状況に応じ債務者が一方的になし得る事項である。それ故債務者は、昭和三〇年九月二一日締結の労働協約第五五条第一項に「休日は次の通りとする。但し第一号の週休日が定休により難い職場については毎週一日又は四週間を通じて四日の割合で毎月始めに休日を指定する」旨の定めをおき、さらに業務の性質上本社と工場とを分離して、週休日と特定休日に関する規定を設け、協約上に指定休日制度を確立したのであるが、その後昭和三一年一一月一三日債務者の佐伯工場および富山工場について、労働組合と別個の協定を結び、労働協約第五五条および同覚書の規定にかかわらず「週休日及び特定休日のうち地方祭と文化の日は操業する」この場合「次の通り操業手当を支給する」旨(労働協約附属協定書第一項および第四項―甲第七号証)定め、当該月の休日に休務することなく出勤した日数の多寡により支給額に段階を設け従業員の労働条件を明示した。右労働協約第五五条並びに附属協定書の規定はその後若干の修正を加えられながらも、そのまま踏襲せられて昭和三六年三月二一日付労働協約第五四条に至つている。元来労働協約五四条は連続操業を建前として指定休日制度を確立し、連続操業をして指定週休日に休務できない場合、単に休日出勤給だけでは不満であるという労働組合の要求により前記協定書が結ばれている。従つて右協定書の締結前においては、労働協約上連続操業に関する定めがなかつたので、二八、二九、三〇操業を行うにあたつてはその都度期間を定めて労働条件に関する協定書を締結して実施してきたのである。ところが右協定書により連続操業下における労働条件が明定されるに至つたので、その後はその様な手続をとることなく、協約上の指定休日制と、右協定書に基き債務者は必要に応じ操業制度を変更してきたのである。その間労働組合は債務者に一度も異議を述べず、労働基準法第三六条の協定を締結して債務者の操業制度の改変に協力してきた。以上の経過より見ると前記協定書に期間の定めがあるのは、二九操業制度実施により二六操業制度当時と比較し労働条件が一応低下しないとの合意に達したものの、実施に移したうえ、労働条件の低下をきたすような点があるか否か右期限内に双方がこれを検討し、もし労働条件の低下をもたらすような現象が見出されたならば、右期限の到来時に再び協議しようという意味のものであつて、期限の到来したらすでに実施してきた二九操業制度を二六操業に改変するといつた趣旨のものではないのである。このことは債権者においても十分知つていたところである。ところが前示三項の(一)記載のとおり、債務者が指定した昭和三七年五月二日の休日には債権者はこれを無視して集団的に職場に侵入し、債権者は同月の休日を恣に五、六、一八、一九、二〇日とする態度に出て、右五、六日は通常操業日にかかわらず、前記二九操業制度を変更破壊する目的で従業員に対して右両日を休転日であると教宣し、休務を指令した。これに対して債務者は事態を円満に解決しようと種々交渉したが、債権者は予定通り実力をもつて休日を設定したのである。かかる債権者の不法行為につき多数の組合員は疑問をいだくに至り、遂に新組合の結成となつたのである。

(二)  債権者は、新組合結成後は債務者が多種多様の不当労働行為を行つたと主張するがすべて理由なき主張である。すなわち(1)ロツク・アウトの解除については、新組合とは紛争状態が消滅し、債権者は債務者の提案を拒否して争議中であつたので、両者に対するロツク・アウト解除の時期が異つたとしても労組法上の差別取扱となる筈はない。ことに組合分裂という特別事情が加わり、両組合員間の対立が極度に尖鋭化していたので、これが融和を図るためになされたことに注目すべきである。(2)立上り資金貸付は債務者の再建生産性向上のため協力体勢に入つた者に対してのみなされたが、債権者組合員はその条件を充たさなかつたので貸付がなされなかつたにすぎない。(3)債権者主張のような不当配転の事実はない。(4)債務者は、従業員の四分の三以上を占める新組合と協約を締結したので、その規範的部分はすべて他の従業員にも適用される結果となるので、別個の協約を結び得ない事情にあつたため、債権者と協約をしなかつたのである。(5)夏期一時金の支払期のおくれは、妥結時の相異により事務手続上より生じた結果にすぎない。(6)団体交渉についての差別はない。

と述べた。(疏明省略)

理由

一、債務者が紙パルプ等の製造販売を目的とする株式会社であつて八代市横手町に八代工場(工場長田川知昭)を有し、債権者は、右八代工場の従業員をもつて構成する労働組合であることは、当事者間に争がない。そして、弁論の全趣旨によると、債務者は八代工場のほかに、佐伯工場、富山工場、富士工場の各事業所を有し、債務者の本社および全事業所の従業員は興国人絹パルプ労働組合(以下興人労組という。)という単一の労働組合を結成し、債務者がこれと労働条件その他に関して労働協約(昭和三七年五月二〇日期限到来により失効している。)を締結しているが、債務者の本社および各事業所にも興人労組の支部が結成されており(支部であるが、法人格を有する労働組合であり、債権者は右支部の一つである。)債務者は支部組合とその支部に特殊な労働条件事項につき協議して各種協定を結んでいたことが認められる。

二、債権者が債務者より本件建物を組合事務所として、昭和三一年九月二一日締結の労働協約第二〇条に基いて、期限の定めなく貸与をうけていること、右第二〇条は「会社(債務者)は必要と認める範囲において事務室その他の施設を有償貸与する。会社は会社の定めた価格で消耗品を譲渡する。」と規定されていることは当事者間に争がない。そこで本件建物の右貸借の法的性質について考察する。

成立に争ない乙第六号証および証人鈴木利雄(第一回)同本間信男、同古荘浩志の各証言並びに債権者代表者副島郁朗の供述を合せ考えると

(一)  昭和二一年四月債権者が結成されると同時に、債務者に対して組合事務所の貸与方を申入れて、八代工場内第二事務所西側を組合事務所として借りうけ、その後債務者の厚生施設の設置、研究所の拡張、防火用水の建設などのために、その場所が数回移動し、昭和三二年本件建物を組合事務所として貸与をうけて現在に至つていること、本件建物は昭和三三年頃と昭和三六年頃に債務者において増築して、事務室二部屋、会議室二部屋になつたこと、

(二)  昭和二一年四月以来債権者は債務者の施設の一部を組合事務所として使用していたが、対価は支払わず無償であり、昭和二二年債務者と興人労組間に締結された労働協約においても、「会社は必要と認める範囲において、組合事務所並びに用度品を組合に貸与する」と規定されているにすぎなかつたこと、ところが昭和二四年六月労働協約を改定するにあたり、労働組合法に規定された不当労働行為を防止するため、債務者の組合に対する経理援助の廃止が議題とされ、従来団体交渉のため上京する旅費、組合活動する時間の賃金、組合事務用消耗品を債務者が支出していたのを組合負担と改めたがこれらと関連して組合事務所の無償貸与も経理援助に抵触するのではないかということが論議されるに至つたこと、しかし債務者としては組合事務所の使用料まで強いて取立てる意思も必要もなく、組合側としても一時に組合負担が増大することを考慮し、不当労働行為の疑惑を避けるため、労働協約には有償貸与と規定するが、現実に賃料を定めてこれを取立てるかどうかは各事業場において各支部組合との事務折衝に委せることに決定したこと、かくして労働協約において事務所につき、「会社は必要と認める範囲において事務室その他の施設を有償貸与する。会社は会社の定めた価格で消耗品を譲渡する。」と改定され、これが昭和三一年九月二一日締結の労働協約まで引き継がれたものであること、

(三)  ところが、その後の債権者と債務者の八代工場との事務折衝においては、組合事務所の賃料につき何らの協定がなされず、従来どおり水道料、電気料、市内電話料(市外電話料は従前から債務者が徴収していた。)とともに組合事務所の使用料の支払はなく現在に至つており、右事実より推すと組合事務所の貸与は引続き無償とする暗黙の合意が成立したと窺知できること、ただ右労働協約の改正後は組合事務用消耗品として債務者の備品を無償で使用したのに対して、月末に債権者にその代金の請求がなされるようになつたこと、が一応認められ、前示証拠のうち右認定に反する部分は採用できず、その他右認定を左右するに足りる資料は存在しない。右事実に基いて考えるに、前記労働協約第二〇条の「……事務室その他の施設を有償貸与する。」との規定は、その制定経過に照して各事業所の組合事務所の貸与を賃貸借契約と変更確定する効力を有するものとは認めることはできず、組合事務所の場所も債務者の業務上の必要から転々しており、その対価も無償である事実より見ると、債務者の債権者に対する組合事務所の貸与は、営業所や住宅の貸借とは趣を異にし、事業所の構内に組合事業所を設置してこれを利用させるという便宜の供与を本質とするものと認定され、これを法律上の類型にあてはめると使用貸借契約に準ずるものと解するのが相当である。もつとも、前示証拠によると、昭和二四年の労働協約改正にともなつて行われた各事業所と支部組合の事務折衝において、富山工場、富士工場においては組合事務所の使用料として一日につき一円と協定され、現実にその支払がなされ、現在も右基準により支払がなされていることが認められるが、右は事務所の使用対価としては協定成立当時としても著しく低廉で名目にすぎず、その後も全く増額されていないところにより、通常の賃料とは到底解することはできないのみならず、組合事務所の貸与関係は各事業所の各別の約定に委されているものであるから、前認定を覆するに足りない。

三、債権者は、組合事務所である本件建物につき、右のごとき使用権を有するところ、債務者訴訟代理人は、昭和三七年春の賃上斗争にあたり、債権者が同年六月一二日組合分裂を生じ、その結果新組合が結成され、債権者と新組合の人数比は二五九名と一、〇四九名となり、新組合が四分の三以上の構成員を獲得したが、かかる場合旧労働組合の財産関係は新組合が当然承継するものというべく、したがつて、組合事務所である本件建物の使用権も新組合が承継し、債権者は右分裂とともに本件建物の使用権を喪失したと主張するのでこの点につき検討する。

成立に争ない甲第九、一〇号証、乙第一二、一三号証、第一四号証の一ないし三、第一五号証(甲第七号証の同一)および証人角田安雄、同本間信男、同鈴木利男、同三浦敏之の各証言並び債権者代表者副島郁朗の供述を綜合すると、次のとおり認定することができる。

興人労組は、昭和三七年春期賃上斗争として同年三月債務者に対し、1賃金一律金六、〇〇〇円の賃上、2年間一時金として組合員一人当り基準賃金六ケ月分の支給、3最低賃金一万〇、〇〇〇円確立、4労働協約一部改訂各種協定(八代工場における特定休日の一斉休務を含む。)各事業場完全定員要求(新規開発事業に伴う配転計画要求を含む)不当解雇撤回、旅費規程改正の諸要求を提示して数回団交を重ねるうち、同月二七日債務者が第一次回答として1一律分を含む金一、二二四円の賃上、2年間一時金につき留保、3最低賃金制は認めない、4労働協約は大体現行どおり、八代工場は特定休日も操業する旨の回答を提示した。これに先立ち同月二〇日興人労組は統一要求、労働協約改正、最低賃金制につきスト権を確立していたが、債務者の右回答を全面的に不満として同月二八日から同年五月一二日まで団交を続けながらスケジユールを立てて、部分スト二四時間ストを断続的に敢行した。ところがその間において昭和三六年七月一七日付「合理化諸計画(新規開発事業を含む)については、労働条件の低下をきたさない内容をもつて予め労使間において誠意をもつて協議する。」旨の確認書に基いて昭和三七年一月二一日佐伯工場の支部労組において連続操業につき月一日休転操業(二九操業)が協定されていたが、右協定第一〇項に「本協定は昭和三七年四月二〇日までとする。」旨の規定があつたので、右期限後の連続操業制度がどうなるかについて労使間に紛争が持ち上つた。労組側としては右期限後における佐伯工場の連続操業は当然従来の二六操業(月四日休転操業)に復帰すると主張したのに対し、債務者側は、連続操業制度は経営者が市況その他の状況に応じ一方的に決定しうるものであることを前提として、前記確認書に基く協定の期限は二九操業を実施して労働条件が低下するごとき現象が現れたときは右期限到来時に再び協議するという趣旨にすぎず、二九操業の制度自体を改変する時期ではないと主張して、団交において漸次この問題が重大化してきた。そして右意見の対立のまゝ四月二〇日が経過し、債務者は二九操業制度に則り同年五月の休転日を同月二日と定めて、同日組合員は休業するよう業務命令を出したが、佐伯工場の支部労組は組合指令をもつて就業を指示し、現実に組合員を工場に入れて就業を要求させ、又労組側は二六操業を立前として同年五月の休日を五、六、一八、二〇日と定め、組合指令をもつて右各日を休業するよう指示し、債務者の就業の業務命令を無視して五月五、六日を実力をもつて組合員の就業を拒否し事実上操業を不能たらしめたのである。このような事態となり債務者は、右のごとき組合の行動をもつて違法争議と解し、その責任追及の態度に出るに及び、労使間の交渉は行き詰り、遂に五月一八日組合は無期限ストに突入しこれに対抗して債務者は六月一一日全面無期限のロツク・アウトを宣言するに至つたものである。ところが同年六月初頃には同じ全国紙パルプ労働組合連合会傘下の他の労組は春斗の賃上につきすでに妥結していたが、興人労組においては右のごとく連続操業制度をめぐり、遂に無期限ストに突入したまま、その妥結のきざしも見えないので、組合員のうちには中央執行部の指導を批判する者が現われその勢力は急激に増大し、同月一一日には本社および富山、富士、佐伯の各工場の支部労組が、同月一二日には八代工場の支部労組である債権者が多数の組合脱退者を出して新組合がそれぞれ結成され、総新組合員数は約九割に及んだ。右経過を債権者についてさらに見ると、右同様に六月初頃から組合内部で斗争方針に疑問をもち妥結を望む者が出始め、同月三日頃開かれた職場大会においても、激しい論議がなされて意見の調整ができず、同月八日批判者の者らは約組合人数の過半数に及ぶ同意見者の署名を集めて執行部に対して臨時大会開催を要求したが、要求人数に疑義ありとして臨時大会の招集をしなかつたので、批判者らは遂に行動を共にすることができないとして同月一二日、一、〇四七名が集団脱退し同日新労組を結成したのである。そして債権者の組合員は二六二名となり新組合は一、〇四七名(現在は債権者二三一名、新組合一、〇七四名となつている。)であり、新組合は直ちに債務者と交渉し就労して生産再開を申入れその承認を得たのである。

右経緯に照すと、債権者は昭和三七年六月初めより組合執行部の斗争第一主義の方針に反対する勢力が増大し、職場大会を契機として債権者は一個の労働組合としての統一的協同体制が破れ、集団脱退が行われ、これら脱退者により新組合が結成されたものというべく、形式上は多数の組合員の脱退と新組合の設立という二個の手続が存在するのであるが、実質は債権者が二個の集団に分解したものであり、労働法上の組合分裂を生じたものと見るのが妥当である。組合分裂にともなう分裂の前後における旧組合の同一性および新組合との法律関係について議論のあるところであるが、組合事務所である本件建物の使用権について考えると、右は前認定のごとく債務者がその企業内の労働組合に対し組合活動の便宜供与として貸与されているのであるから、債権者が分裂の前後を通じて債務者企業内の労働組合たる本質には変りはないものであり、現に本件建物の使用を継続している以上、債務者より右便宜供与が廃止されない限り、債権者の本件建物の使用権が右分裂により消滅するものとは解せられない。そして新組合も債務者企業内の労働組合として新たに発生したものではあるが、債権者とは同一性がなく、分裂前の債権者の権利義務を承継したものではないから、単にその組合員数が分裂後の債権者の数倍であるという事実から直ちに組合事務所としての本件建物の使用権を債務者より承継取得するものと解する合理的根拠を見出し得ない。したがつて債務者訴訟代理人が右分裂により債権者が本件建物の使用権を喪失したとの主張は理由がない。

四、次に債務者訴訟代理人は、昭和三七年七月五日債権者に対し、本件建物の返還を請求したので、同日をもつて本件建物の貸借は終了し、債権者はその使用権を有しない旨主張するのでこれにつき判断する。

債務者が右主張の日時に債権者に対し本件建物の返還を請求したことは当事者間に争がなく、本件建物の貸借は使用貸借に準ずべき性質のものであることはすでに認定したところであるから、債務者の右返還請求は使用貸借の規定によつて律すべきである。そして本件建物の貸借が組合事務所として使用する目的であつて期間の定めがないことも当事者間に争がないから、民法第五九七条第二項本文により、一応債権者が労働組合として存続する限り債務者は返還請求が許されないと解すべきかも知れない。しかしながら、使用貸借契約は本来貸主の好意若しくは恩恵に基くものであつて、専ら借主にのみ利益となるものであるから、著しく長期間にわたり、そのために貸主に過当な不利益を与える結果を生ずることは避けなければならないところであり、本件のごとく使用目的が抽象的であつて長期が予定される場合は貸主に返還請求をするに足りる合理的な事由が存するならば、使用目的の終了前と雖もこれを許容し得ると解するのが相当である。以下これを本件につき検討する。

(一)  成立に争ない甲第二号証、乙第五、六、七号証、従来の組合事務所(本件建物)と新設組合事務所の写真であることに争がない乙第八、九、一〇号証およひ証人鈴木利男の証言を合せ考えると、債務者は昭和三七年七月五日債権者に本件建物の返還請求をなしたがこれと同時に構内の自転車置場横の空地に建物を新築して組合事務所として便宜供与する旨を申入れ、明渡期日である同月二五日までには右場所に建坪一二坪の事務所を建築し、代替の組合事務所として債権者に提供したこと、この新設組合事務所は事務室一部屋、会議室一部屋となつており、水道電話の設備があつて、分裂により組合員数が激減した債権者の組合事務所として足りるものであることが認められる。債権者訴訟代理人は新設組合事務所は本件建物に比して面積、場所が数等劣り組合活動に不適のように主張し、債権者代表者副島郁朗は、債権者は分裂により二五〇名程度に組合員数は減じたが、組合組織部門は変らず書記局も一名を減じたのみで、組合活動がかえつて活発になつて事務量はむしろ増加して居り、その場所も出入に不便であつて、新設組合事務所では組合活動に支障を来す旨供述しているが、前示各証拠によると、本件建物と新設組合事務所は債務者の八代工場構内の同地域であつて約百米位しか離れておらず、出入の便も多少遠路になる程度にすぎないことが認められ、かつ組合事務所の面積も一般的にはその組合人数の多寡をもつて広狭の一基準とすることも不合理ではないと考えられるので、新設組合事務所では債権者の組合活動に重大なる障害を来すものとまでは認められない。

(二)  債務者の本件建物の必要性について見るに、前認定のとおり昭和三七年六月一二日新組合が結成され、債務者においてこれを承認し団交を始めたのであるが、成立に争ない乙第五号証および証人鈴木利雄(第一回)の証言によると、新組合より組合事務所の貸与を申込まれたので、組合分裂により債権者が従前の約五分の一程度である二六二名に激減したため、組合員数に応じて本件建物を新組合に貸与し、債権者には新設組合事務所を貸与することに決定したが現に債権者が本件建物を使用しているので、暫定的に社宅集合所を組合事務所として新組合に貸与したこと、右社宅集合所は、債務者八代工場構内の大体北西部にあつて正門より約八〇〇米位の地位にあり、本来社宅居住者の「婦人会」その子弟の団体である「仲良クラブ」その他の集会のために施設されたものであるため、長期にわたりこれを組合事務所に使用されると社宅居住者に不便を与え、債務者としては、これを本来の使用状況に帰さねばならないこと、社宅集合所が正門附近にある自転車置場より遠いため、新組合員が組合活動のためと称して通勤用の自転車や自動自転車などを職場附近まで乗入れるので、警備、保安上にも差支えを生じていることが認められる。

以上の事情に基いて考えると、債務者は、債権者に対し本件建物より面積において狭隘とはいえその組合活動をするに支障がない程度の組合事務所として新設組合事務所を現実に提供しているのであり、かつ本件建物を使用する必要も認められるから、債務者の昭和三七年七月五日なした本件建物の返還請求(本件建物の貸借の解約)は合理的な事由があると認定するのが相当である。したがつて、債務者の右返還請求により本件建物の貸借は終了し、債権者の本件建物に対する使用権は消滅したものというべきである。

五、債権者訴訟代理人は、債務者の本件建物の返還請求は、債権者の組合組織、組合活動を破壊することのみを目的としたものであるから権利の乱用であると主張するが、右返還請求の事情は前認定のとおりであり、代替の組合事務所を提供して債権者の組合活動に対する便宜供与を継続しようとするものであるから、右主張のごとき不法の目的のみをもつてなしたものとは認められない。本件建物の明渡を受けた後これを新組合に便宜供与するものではあるが、前認定の組合分裂の態様、新組合発生の経緯に照すと、新組合も組合員の自主的意思に基いて結成され、債権者の斗争の効果を減殺することのみを目的として結成されたものではないというべく、法の保護に値する労働組合であるから、新組合に将来貸与されるということで返還請求が不法となるとも解せられない。

又債権者訴訟代理人は、債務者は、次のごとき不当労働行為をなし、本件建物の返還請求もその一環であつて不当労働行為であり違法であると主張している。(1)債権者が昭和三七年六月一三日ストライキを解除したが、債務者はロツク・アウトを解かず、同月一五日まで就労を妨害した、(2)争議終了後新組合員には立上り資金を貸付けたが、債権者の組合員にはこれを認めず差別待遇をした、(3)争議後債権者の組合員であることを理由に不当配転を行つた、(4)労働協約締結の申入を拒否した、(5)昭和三七年度夏期一時金につき、新組合員に対しては同年七月一〇日支給したが、債権者の組合員に対しては同月一六日まで支給を延ばした、(6)団体交渉において債権者と新組合の差別をなした。証人角田安雄の証言並びに債権者代表者副島郁朗の供述によると(1)債権者が昭和三七年六月一三日ストライキを解除したが就労を始めたのは同月一六日であること、(2)争議終了後新組合員には立上り資金貸付がなされたが、債権者組合員にはなされなかつたこと、(3)争議後従業員の配置転換が行われたこと、(4)債権者と労働協約を締結しなかつたこと、(5)昭和三七年度夏期一時金の支給日が相異したことが認められるが、右各事実が不当労働行為に該当するかどうかの判断はしばらく措き、本件建物の返還請求が右各事実と関連してなされたと認める資料はなく、右返還請求は前記のごとく不法な目的でなされたものでないから、右主張も理由がない。

六、以上のとおり本件仮処分申請はその被保全権利につき疎明がないことに帰するので先に債権者の申請を認容してなした主文掲記の仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉増三雄)

(別紙省略)

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